「家が欲しい」と、ある日ぽろっと言った
ある日、なんの前触れもなく口から出ました。
「家が欲しいなー。」
言ってから自分でびっくりしました。
賃貸最高!と思っていたのに何を言っているんだろう、と。
でもその日から、この言葉が頭から離れなくなります。
とりあえず、ピッピ(我が家の相棒AI)に投げてみました。
まい:「なんか最近、家が欲しいと思うんだよね。」
ピッピ:「それって家そのものが欲しいというより『家でできること』が欲しいんじゃない?」
まい:「……それだ!」
早い。1往復で核心に入られました。
ここから、我が家の長い長い「なんで?」が始まります。
なぜ家が欲しいんだろう?
モヤモヤポイント:窓を開けたら、隣の家
我が家は都内の賃貸。築古の小さな戸建てです。
狭いのは、まあ、わかって住んでいます。東京だし。
問題はそこよりも隣の家との距離のほうでした。
窓を開けると、隣の家の窓がある。
距離感でいうと、窓越しに握手できそうなくらいです。
なので、レースカーテンは基本的に開けられません。
昼間もずっと閉めっぱなし。開けたところで見えるのは壁だし、向こうからもこっちが見えます。
日中なのに電気をつけなければならない。
窓越しに季節を感じられない…。
東北育ちと、アメリカ生まれの夫には地味にストレスでした。
モヤモヤポイント:家でくつろげない
住めているし、雨風もしのげている。
何だったら部屋数と立地の割に家賃は安い。古いけど!
文句を言ったらバチが当たるやつです。
でも、ずっと小さな違和感がありました。
家って外で疲れて帰ってきて、リラックスするための場所じゃなかったっけ。
実家ではそうだった。帰ってきてソファにゴロン。
テレビを観ながら庭にシンシンと積もる雪をみたり。
でもうちの場合、家にいてもどこか気を張っている感じがある。
「家がある」のに「家でゆっくりする」ための開放感がない。
これが、たぶん最初の引っかかりでした。
こどもに残したいのは、思い出
大きなツリーを置ける家
もうひとつ考え始めたのが、子どものことです。
息子の五ヱ門は2歳。まだ何も覚えていない年齢です。
でも、これから何年かのあいだに、彼の中に「うちのライフスタイルってこういう感じ」みたいな記憶が積み上がっていくんだろうな、と思いました。
そう考えたときに浮かんだのが、こんなことです。
- 大きなクリスマスツリーを飾る
- クリスマスの時期を家で過ごす
- お正月を家族で過ごす
- 夏休みに海や川で遊ぶ
- 花火をする
- BBQをする
- 栗を拾ったりする
- 雪の日に外で遊ぶ
- 自然の中で過ごす
書き出してみると、どれも派手なイベントじゃありません。
季節が来たら、その年齢に合った好きなことをする。
そこに家族の気配がある。
それだけのことです。
でも今の家では、そもそも大きなツリーを置く場所がない。
もちろん、BBQをする場所もない。
そして家族の絶頂期っていつなんだろう。とも考えました。
『男の子は10歳を超えるとすすんで家族と遊ばなくなる。』
とSNSで見たとき少しドキっとしました。
私の実家に帰ればいい、で済まない理由
夫はアメリカ生まれなので簡単にあちらの家に遊びに行けませんが、私は東北育ちなので、実家に帰れば自然はあります。雪もある。
実際、帰れば五ヱ門も私の両親喜びます。
ただ、毎回それでいいのかというと、ちょっと違う気がしていました。
実家は実家であって、私たち3人の場所ではないからです。
「子どもが大きくなるまでに、家族で積み重ねられる日常の体験が欲しい。」
だんだん、そういう言葉に近づいていきました。
旅行じゃダメなの?
ここで、当然の疑問が出ます。
それ、旅行でよくない?
実際、旅行なら
- 自然のある場所に行ける
- 広い場所で過ごせる
- BBQもできる
- 季節ごとのイベントも楽しめる
条件だけ見れば、足りている気がします。
お金の話は、正直ある
家族3人で出かけると、交通費、宿泊費、食費、お土産、現地でのあれこれ。
1回あたりがそれなりの金額になります。
ただ、ここで「じゃあ家を買ったほうが安い」とは言えません。
家を持てば持ったで別のお金がかかるのは、さすがにわかります。
なのでお金は判断材料のひとつではあったけれど、決め手ではありませんでした。
旅行と休息は違う
旅行は楽しい。でも「休む」とは、少し違う。
旅行だとどうしても「せっかく来たんだから、あそこ行っとく?」になります。
移動して、写真を撮って、帰ってくる。楽しいけれど、帰ってきたら疲れている。
私たちが欲しかったのは、そっちじゃなかった。
観光しなくていい。
予定を詰めなくていい。
ただその場所に行って「今日は何もしない」 と言える時間。
ピッピとの会話でも、ここがはっきりしました。
まい:「維持費考えると旅行でいいって言われると、なんか違うんだよね。なんでだろう?」
ピッピ:「旅行は『行き先』を選ぶものだけど、今ほしいのは『帰る場所』なんじゃない? 行き先は毎回変わるけど、帰る場所は変わらないよ」
まい:「あー……なるほど。たしかに。」
「私たちは東京を離れられない」
じゃあ田舎に住めばいいのでは、という話にもなりました。
なりましたが、そこは現実的じゃありません。
夫のアレックスも私も、仕事は東京にあります。
生活も、人間関係も、ここにある。
それを全部たたんで移住する、という選択は我が家にはできませんでした。
アレックス:「広い家に住みたいよね。でも仕事どうする。」
まい:「……それな!」
「田舎で過ごしたい」けれど「東京は捨てられない」
わがままだなと自分でも思うのですが、これが正直な現実でした。
そして、この2つを同時に満たす方法を考えたときに、初めて次の発想が出てきます。
「セカンドハウス」という選択肢
東京に住んだまま、もうひとつ生活の拠点を持つ。
言葉にすると当たり前なんですが、私たちの中では、ここでやっと
「セカンドハウスって、ありじゃない?」
という順番でした。
最初から「セカンドハウスを買おう」と思っていたわけではまったくなくて、欲しいものを並べていったら、たまたまそこに行き着いた、という感じです。
「自分たち好みの空間」という価値
宿を毎回探すのと、自分たちの家があるのとで、いちばん違うのはこれでした。
好みのものを置いておける。
いつか手放さないといけないものではない。
- クリスマスツリーを置いておける
- 好みの洗濯機を置いておける
- 好みの空間を置いておける
- BBQグリルを置いておける
つまり、行くたびにレンタルしなくていい。
ちょっと雑に扱ったっていい。気に入らない間取りも、頭をぶつける鴨居も好きにできる。
インスタで流れてくる素敵なインテリア「うちの家じゃ、無理」って憧れなくったっていい。
いつだって手ぶらに近い状態で行って、着いたらもう「いつもの場所」になっている。
これができると、「今日は何もしない」がやりやすくなる気がしました。
そして「何かやろう!」もやりやすくなると思いました。
そして何より、五ヱ門にとって、行くたびに変わる宿ではなく、
「帰ってくる場所」 になるかもしれない。
使わない期間はどうする?
とはいえ、私たちが行けるのは季節ごと。残りの期間、家は空きます。
そこで、使わない期間は民泊・ウィークリー・マンスリーなど、別の使い方もできるんじゃないか、という話も出ました。
ここについてはまだ調べている途中なので、この記事では「そういう可能性も考えた」というところまでにしておきます。
私たちが欲しかったのは、「家」じゃなかった
ここまで考えて、ようやく腑に落ちました。
私たちが欲しかったのは「家」ではなくて、「家族で帰れる場所」だった。
家を買うこと自体が目的だったわけじゃない。
欲しかったのは、家族が季節を感じながら、何もしなくてもリラックスできる場所。
そのための手段として、たまたま「家」が必要だっただけでした。
なので、この記事は「セカンドハウスおすすめです」という話ではありません。
我が家にとってはこの形が合っていた、というだけで、同じ悩みでも答えは家じゃないかもしれない。
大事だったのはたぶん、
「家が欲しい」で止めずに、その中身をひとつずつ開けてみたこと
だったと思います。
次回、『そして、場所探しが始まった』
というわけで、我が家の欲しいものが決まりました。
- 家族で季節を感じられる
- 何もしなくていい
- 帰る場所になる
- 東京の暮らしは手放さない
……で、そんな場所、本当にあるのか??


コメント